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慈眼寺家紋
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本堂

現在の本堂は昭和58年、52世良雄代に落慶した。間口11,5間、奥行8間、92坪。
本尊は中興開山乗弘大徳により南方の古墳より見出された1寸2分の聖観音。
前仏はこれまで観音堂に納められていた聖観音。
この前仏は平成18年に修理が為されている。


観音堂

詳細は不明であるが堂前の灯篭に元禄6年奉納とあることから、その頃の建立とされる。
昭和31年に堂全体の解体修理、平成18年に回廊修理が為されている。
現在はかつての本堂前仏である、故松久宗琳氏作の聖観音が祀られている。
平成23年までは大晦日には護摩祈祷が行われていた。


大師堂

観音堂と同じく詳細は不明であるが、同時期の建立とされる。
堂内には数体の弘法大師像が納められている。


弁天堂

昭和初期、50世良清代に高崎田町より移転した。本堂裏山林内の小塚上にあり、
かつて周囲には堀を巡らせてあった。


山門

文政元(1818)年、36世良恵代に造立。格天井の絵画は平成5年に奉納されたものである。
山門より南方に参道が伸びており、表門(石門)へと繋がる。
参道両脇にはかつて九ヶ寺が塔頭寺院としてあった。その名残を示す両脇の石垣には、
現在では松や百日紅、ツツジ等が植えられている。
参道西側には墓所が広がる。


鐘楼

天保12(1841)年、37世覚信代に造営。梵鐘は昭和19年に応召され、昭和50年に再鋳。
毎日6時12時18時に衝かれる。
大晦日には参拝者による除夜の鐘を行っていたが、東日本大震災による損傷のため、
現在では中止している。


少将桜

前橋城主少将酒井忠清公遺愛の枝垂れ桜。
公が慈眼寺の桜を愛し、ご自身の位階を取ってこの桜を「少将桜」と名付けた。
別名「夜泣き桜」とも言われる。


歴代先師墓

1世中興開山乗弘大徳より30世慶範までの歴代住職が祀られた墓所。
平成19年53世良弘代に修復、整備が為された。
30世以降の歴代住職は観音堂横の墓所に祀られている。


芭蕉句碑

文政7(1824)年の造立。高さ3尺2寸。
「木の下は しるもなますも さくらかな 翁」


江原源左衛門重久の墓

市指定史跡。
源左衛門は江戸時代初期に滝川地方の新田開発の中心人物で、先祖は武田勝頼の遺臣と
され、父の代より滝川村に土着した。
当時荒野だったこの地域を開発するために代官伊奈忠次に進言して天狗岩堰の末流を
改修し、慶長15(1610)年に竣工にこぎつけた立役者。
寛永14(1637)年4月14日寂。


隠れキリシタンの墓

「延宝元(1673)年7月29日 妙霊禅定尼」と刻まれている。
旧境内地(現・天田氏屋敷)にあった多数の墓石を現在の場所に移した際に発見された。


 

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