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慈眼寺家紋
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少将桜の伝説

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徳川氏三代将軍家光の時代、前橋城主は酒井忠清公でありました。

ある春の日のことです。忠清公は遠乗りに出かけ、途中、慈眼寺に立ち寄りました。見ると、境内
には見事なしだれ桜が今を盛りと咲いています。忠清公はしだれ桜の前にじっとたたずみ、飽くこ
となく花を愛でておりました。
忠清公は城へ帰っても、どうしてもしだれ桜のことが忘れられず、すぐに寺に申しつけると、し
だれ桜を自分の部屋の前庭に移し植えてしまいます。これで来年の春には、心ゆくまで花を楽しむ
ことができると、忠清公は花の咲く日を今日か明日かと待っておりました。

しかし、しだれ桜はその春、花を一輪も咲かせませんでした。そればかりか葉も次第にしおれ、
幹も弱々しくなり、いまにも枯れそうになってしまったのです。腕のいい庭師が呼ばれ、いろいろ
手を尽くすも、しだれ桜は弱るばかりです。
 

そんなある日、忠清公が眠っておりますと、夢の中に美しい女性が現れ、はらはらと涙をこぼし
て泣くのです。哀れに思った忠清公が「なぜ、そのように泣いておるだ?」と聞くと、
「はい、私はしだれ桜の精でございます。住みなれた寺が恋しくて恋しくて泣いております。寺へ
戻りとうございます。どうか、戻らせてください。」とその女性は答えるではありませんか。

「そうか。しだれ桜が枯れそうなのは、そのためか。それほど恋しい寺から、無理やり連れてきた
私が悪かった・・・。わかった。明日にでもさっそく戻すことにしよう。」

驚いた忠清公がそう言うと、女性はにっこり笑って丁寧に頭を下げ、すうっと消えてしまいました。  

不思議な夢を見たものだと思いながらも、すぐに忠清公は約束通り、しだれ桜を慈眼寺に戻し植
えました。すると、どうでしょう。その日からその桜の木は青々とした葉を広げ、たちまち生命を
とりもどし、翌春には、再び美しい花を咲かせるようになりました。それから、人々は誰というこ
となく、忠清公の官位『侍従少将』をとって、この桜のことを『少将桜』、別名『夜泣き桜』と呼ぶ
ようになったということです。そして、今でも春が巡ってくるたびに、この桜は美しい花を咲かせ
続けているのです。

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